「初期衝動」を愛している。

「原口くんは、初期の作品が好きなこと多いよね。」と言われてはっとしたことがある。

これは要するに音楽アーティストの1stとか2ndとかの作品を指した言葉なんだけれども、言われてみれば、例外はいくらでもあるけれども確かにその傾向が強い。
大森靖子とか椎名林檎とかエレファントカシマシとか。

3rdや4thとかの作品になってくると、「工夫」が加えられていくことが多いんですよね。
まぁそれは当然で仮にアルバムが1枚10曲だとしたら2枚で20曲もあるんだから、それで作り手側の初期衝動なんてたいてい消化されてしまう。
もちろん、人が生きていたら色々なことが起こってそれは衝動になりうるわけだけれども、やっぱりそこまでの人生で溜め込んだ鬱屈したものと比べるとエネルギーが弱い。

これを書きながら思ったけれども、初期の作品が好きかそれ以降の作品が好きかは、そのアーティストの好きになり方によるんだろうな、と思った。
つまり、自分の魂をぶつけてくるようなアーティストだとそうなんだろうな、と。
この件において大森靖子やエレファントカシマシは非常に分かりやすい例だと思っていて、初期においてはとんでもなく剥き出しの音楽をやっていたけれども、今やだいぶポップに寄ってきている。

まぁそれが悪いってわけじゃないし、ポップなエレカシが嫌いなわけではないんだけれども、やっぱり初期衝動から産み出される制作物が僕は好きなんだなと改めて思う。
混じりっけのない、本当に伝えたいこと、伝えなきゃいけないこと、そういうエネルギーがそこにあるから。
最近は、自爆というアーティストの1stアルバムが好きです。

僕もだいぶ年齢を重ねていわゆる大人にはなってきたけれども、とはいえまだ初期衝動が自分の中に残っている感覚はある。
人生ずっと、突っ走っていきたい。

思い立ったのです。

文章を書くぞ!
というわけでね。

特にゴールを定めるでもなくなんとなく筆を持ちたくなったのです。
藤原麻里菜さんとこまつざきあみさんの文章がすきだ、とつぶやいたらなんとなく僕も書きたくなったのです。

僕が好きになる文章ってどんなものなんだろうね。
書かれている中身も大事なんだろうけれども、それよりもその人がそのまま剥き出されているか、っていうのも重要なんだと思う。

取り繕った、誰かのための文章というわけではなく、ひょっとしたら自分のためですらない、ただ溢れてきたもの。
そういう文章が僕は好きなんだと思う。

世の中の文章は、メリットのために書かれたものが多い。
広告文は言わずもがな、職務経歴書では自分がいかに有能かをアピールし、Xでは自分がいかに興味深い知識や観点を持っているかを振りかざし。

そして文章を書くハードルは年々上がっている。
厳密に言えば、画像や動画なんかの文章以外の表現方法が主役になることが増えて、文章を書く必要性が薄れている。

それでも僕は文章を書くことが好き。
厳密に言えば、ただなんとなくでキーボードに向かって、自分の中から溢れてくる文章を眺めるのがすき。
その作業を通じて自分の中の知らない言葉や感情に出会えるのがすき。

「すき」って単語もすき。
「好き」よりも「すき」の方がすき。