備忘録:好きな本(小説以外)

昨日の漫画記録に続いて、なんとなく残しておこうと思った。
今までの人生で少なくとも1,000册以上は読んできているけれども、ここ数年は優先順位の関係でほとんど本を読まなくなっている。

とはいえ、それなりに本を読んできたことで今の自分が構成されている感覚もあるので、記録しておこうと思う。
漫画記録と同様、読んだ当時の印象で書いているので、読み直したらこのリストから外すこともあるだろうしその逆も然りなので、そんなに厳密なリストではない。
ちなみに順不同。

【めちゃすき・影響を受けた】
・サピエンス全史
・21 Lessons
・失敗の本質
・ブラック・スワン
・反脆弱性
・無境界
・影響力の武器
・マッキンゼー 経営の本質
・渋谷で働く社長の告白
・愛するということ
・現代アート、超入門!
・アート鑑賞、超入門!
・ファスト&スロー
・ファクトフルネス
・ザ・ゴール
・営業の魔法
・ストーリーとしての競争戦略
・フォーカス・リーディング

【わりとすき・面白かった】
・リーダブルコード
・LOVE理論
・シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント
・これからの「正義」の話をしよう
・紀州のドンファン
・料理の四面体
・禍いの科学
・損する結婚 儲かる離婚
・僕らはそれに抵抗できない
・ニコマコス倫理学
・狂気の科学
・カズのまま死にたい
・ヤバい統計学
・起業のファイナンス
・愛着障害
・動的平衡
・ブランド・エクイティ戦略
・ぼくだけはブルー
・涙の理由

こんなもんかなぁ。
昔はビジネス書の類も結構読んでいたけれども、結局本質はあまり変わらないので。
わりと前から思っていることとしては、しょうもない新書とかはあんまり読みたくないんですよね。
それを読むのであれば、名著と呼ばれる小説を読みたい。

あとは哲学書はもうちょっと読んだ方が良いな、とは思ってはいる。
アリストテレスは上では挙げたし、カントとかショーペンハウアーとかちょこちょこは読んでいるけれども、突き詰められているわけでは全くないから。

漫画編と同様にChatGPT君に上記のリストを渡して分析してもらったのが以下。

全37冊です。
内訳は「めちゃすき・影響を受けた」が18冊、「わりとすき・面白かった」が19冊です。

結論から述べると、あなたは単なるビジネス書好きでも、教養書好きでもありません。

最も一貫しているのは、複雑な現象の背後にある構造を、少数の概念で説明してくれる本を高く評価する傾向です。

さらに、その概念が「面白い説明」にとどまらず、現実の見方や判断方法を変更できることを重視しています。

1.分野別の構成

書店上の分類ではなく、あなたがその本から得ている価値を基準に分類しました。

主領域冊数割合めちゃすきわりとすき
社会・歴史・科学・複雑系1129.7%65
心理・認知・関係・倫理924.3%45
経営・戦略・実務924.3%54
人物・自伝・ルポルタージュ513.5%14
芸術・文化・鑑賞論38.1%21
合計37100%1819

社会・歴史・科学・複雑系

11冊です。

『サピエンス全史』『21 Lessons』『失敗の本質』『ブラック・スワン』『反脆弱性』『ファクトフルネス』『これからの「正義」の話をしよう』『禍いの科学』『狂気の科学』『ヤバい統計学』『動的平衡』です。

ここには、個別の事実を学ぶ本よりも、人間社会や自然現象を説明するための大きな枠組みを提示する本が多く入っています。

『禍いの科学』も、単なる科学史ではなく、善意や合理性から始まった科学的発明が、なぜ人間に被害を与える結果へ転化するのかを扱っています。

心理・認知・関係・倫理

9冊です。

『無境界』『影響力の武器』『愛するということ』『ファスト&スロー』『LOVE理論』『僕らはそれに抵抗できない』『ニコマコス倫理学』『愛着障害』『涙の理由』です。

『無境界』はケン・ウィルバーによる自己成長と心理療法の統合的な議論です。

『僕らはそれに抵抗できない』は、デジタル製品などが人の行動を依存的にする仕組みと、それを生み出す行動設計を扱います。

したがって、心理学一般というより、自分では自覚しにくい力によって、人間の判断や行動がどのように決定されるかへの関心が強いと考えられます。

経営・戦略・実務

9冊です。

『マッキンゼー 経営の本質』『ザ・ゴール』『営業の魔法』『ストーリーとしての競争戦略』『フォーカス・リーディング』『リーダブルコード』『起業のファイナンス』『ブランド・エクイティ戦略』『損する結婚 儲かる離婚』です。

『マッキンゼー 経営の本質』は、経営意思、理念、戦略、組織、計画、実行を一体の仕組みとして捉える本です。

この領域でも、小手先のノウハウより、結果が生まれる全体構造を扱う本を高く評価しています。

人物・自伝・ルポルタージュ

5冊です。

『渋谷で働く社長の告白』『シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント』『紀州のドンファン』『カズのまま死にたい』『ぼくだけはブルー』です。

『ぼくだけはブルー』は、志磨遼平の生い立ちからバンド活動までをたどる自伝的な本です。

このカテゴリは5冊ある一方で、最上位は『渋谷で働く社長の告白』だけです。

つまり、人の人生を読むこと自体は好きですが、人物が面白いだけでは「影響を受けた」には届きにくいと考えられます。

人生の記録から、事業、判断、成功、失敗について一般化できる構造が見えることが必要なのでしょう。

芸術・文化・鑑賞論

3冊です。

『現代アート、超入門!』『アート鑑賞、超入門!』『料理の四面体』です。

『料理の四面体』は、火、水、空気、油という少数の要素から、世界中の調理法を統一的に分類しようとする本です。

冊数は少ないものの、3冊中2冊が最上位です。

これは重要です。

あなたは芸術や文化を、感性だけで受け取るより、何をどう見ればよいかという認識の枠組みを獲得することに強く反応しています。

2.最大の特徴は「説明の圧縮率」を重視することです

あなたが最上位に挙げた本には、領域を問わず共通する特徴があります。

多数の事例を並べるのではなく、少数の概念によって、これまで別々に見えていた現象を一つの構造として説明します。

『ブラック・スワン』や『反脆弱性』は、予測不能性や変動を扱うための枠組みを提示します。

『ファスト&スロー』と『影響力の武器』は、人間の判断が合理性から逸脱する仕組みを整理します。

『失敗の本質』は、組織の失敗を個人の無能ではなく、意思決定、情報、組織文化、環境適応の問題として捉えます。

『ザ・ゴール』は、組織全体の成果を制約条件から考えます。

『ストーリーとしての競争戦略』は、戦略を個別施策の集合ではなく、因果関係のつながった物語として理解します。

つまり、あなたが高く評価しているのは情報量そのものではありません。

少ない原理から、多くの現象を再解釈できる本です。

これは『料理の四面体』が評価に入っていることからも明確です。

料理という限定的な領域であっても、分類原理が十分に鮮やかなら面白く感じるわけです。

3.知識ではなく「思考のOS」を求めています

あなたが本に求めているのは、「知らなかった事実を知ること」よりも、読後に自分の判断方式が変わることだと思われます。

たとえば、『サピエンス全史』を読んだ後は、国家、宗教、企業、貨幣などを、単なる客観的実体ではなく、人間が共同で維持する制度や物語として見るようになります。

『ブラック・スワン』を読めば、平均値や過去の延長による予測を疑うようになります。

『影響力の武器』を読めば、自分や他人の行動を、性格ではなく心理的な反応パターンから見るようになります。

『現代アート、超入門!』や『アート鑑賞、超入門!』は、個々の作品について知識を与えるだけでなく、作品を見る際の視点そのものを提供します。

したがって、あなたにとって「影響を受けた本」とは、結論に賛成した本というより、その後も繰り返し使用できる認識装置を手に入れた本なのだと思います。

4.抽象論だけでなく、具体的な物語を必要としています

理論的な本を好む一方で、純粋に抽象的な学術書だけに偏っているわけではありません。

『ザ・ゴール』と『営業の魔法』は物語形式です。

『失敗の本質』は具体的な戦史を扱います。

『渋谷で働く社長の告白』は起業家本人の経験を通して、経営判断や組織形成を描きます。

このため、あなたに適しているのは、理論だけの本でも、エピソードだけの本でもありません。

最も相性がよい構成は、次の三段階です。

具体的な出来事が提示される。

その出来事を説明する構造や原理が抽出される。

その原理を別の場面にも転用できる。

反対に、エピソードが多数紹介されても共通原理が弱い本や、理論が提示されても現実の事例との接続が弱い本は、「面白かった」にはなっても「影響を受けた」にはなりにくそうです。

5.「常識を覆す本」が好きなのではなく、常識が成立する仕組みを示す本が好きです

一見すると、「意外な真実」や「常識を疑う」タイプの本を好んでいるように見えます。

しかし、刺激的な逆張り自体が好きなのではないと思います。

あなたが評価しているのは、一般的な理解がなぜ誤るのかを説明し、代わりのモデルを提示する本です。

『ファクトフルネス』は、世界についての認識が実態より悲観的になる理由を扱います。

『ファスト&スロー』は、直感がどのような条件で誤るかを分類します。

『失敗の本質』は、「現場が弱かった」「指導者が無能だった」という人物論ではなく、組織的な失敗の再現可能な構造を探します。

『禍いの科学』も、悪人が悪い科学を行ったという単純な話ではなく、善意や科学的合理性が有害な結果へ進む経緯を追います。

つまり、あなたは逆説を好むというより、表面的な因果関係の裏にある二次的・三次的な因果関係を好みます。

6.不確実性と制約への関心がかなり強いです

『ブラック・スワン』『反脆弱性』『失敗の本質』『ザ・ゴール』『起業のファイナンス』『ストーリーとしての競争戦略』には、共通して「理想的な計画を立てれば成功するわけではない」という前提があります。

現実には、予測不能な出来事、資源制約、組織の硬直性、競合、資金、情報不足などが存在します。

その中で何を制御し、何を制御せず、どこに余裕を持たせるべきかが問題になります。

これは、単なる成功法則への関心とは異なります。

むしろあなたは、成功する方法よりも、なぜ合理的に行動しているつもりでも失敗するのかに強く関心を持っています。

成功談である『渋谷で働く社長の告白』も、華やかな成功者の物語としてではなく、資金、事業、組織、株主、意思決定の連続として読んでいる可能性が高いです。

7.経営書に求めているのはノウハウより因果関係です

経営・実務系の本は9冊ありますが、単純な仕事術の本はあまりありません。

高評価の本は、次のような問いを扱っています。

企業は何を目的として動くのか。

戦略と個別施策はどうつながるのか。

組織全体の成果を妨げる制約はどこにあるのか。

人は何によって行動を変えるのか。

営業という行為は、相手との関係の中でどう成立するのか。

情報を読む行為を、どのように目的化・構造化するのか。

したがって、あなたは「明日から使える10のテクニック」よりも、なぜその方法が機能するのかを説明する理論を求めています。

ただし、理論だけで実行へ接続できない本も評価しにくいでしょう。

『リーダブルコード』『起業のファイナンス』『ブランド・エクイティ戦略』が「わりとすき」にとどまっているのも、内容の品質が低いからではなく、扱う範囲が比較的限定され、世界認識全体を書き換えるほどではなかった可能性があります。

8.合理性だけでなく、人間の意味や愛にも強い関心があります

このリストを合理主義的な本の集合とだけ見るのは不正確です。

『愛するということ』『無境界』『ニコマコス倫理学』『愛着障害』『涙の理由』が入っています。

『涙の理由』も、人間がなぜ泣くのかを、文学、脳、有限な生、社会との関係から考える対話です。

この領域での関心も、単なる感情的共感ではありません。

愛とは感情なのか、それとも能力や態度なのか。

幸福とは快楽なのか、それとも生き方や活動なのか。

人間の自己と他者の境界はどのように成立するのか。

人間関係の問題は性格なのか、過去の愛着や環境の結果なのか。

つまり、経営や意思決定と同じように、愛情や人生についても、曖昧な精神論ではなく構造的に理解したいという姿勢があります。

9.最上位と「わりとすき」を分ける条件

今回のリストから見ると、最上位に入りやすい本には、概ね次の条件があります。

① 説明範囲が広い

一つの業界や技術だけでなく、社会、組織、人間関係など複数の領域へ転用できます。

『ブラック・スワン』『反脆弱性』『影響力の武器』などが該当します。

② 中心概念が明確である

読後に一言で思い出せる強い概念があります。

制約条件、反脆弱性、認知バイアス、社会的証明、競争戦略のストーリーなどです。

③ 読者の認識を反転させる

既存の知識を増やすだけでなく、同じ現実が別のものに見えるようになります。

④ 他の場面へ転用できる

その本を直接扱っていない問題にも応用できます。

⑤ 理論と具体例が結びついている

主張だけでも、事例だけでもなく、両者の往復があります。

一方、「わりとすき」の本は、次のどれかが弱い傾向があります。

内容が特定領域に限定されている。

著者個人の人生としては面白いが、一般化しにくい。

事例は面白いが、中心原理が弱い。

中心原理はあるが、実証性や適用範囲に不確実さがある。

教養としては有益だが、読後の判断方法までは変わらない。

10.漫画の好みとの共通点

漫画と本の好みには、かなり強い共通性があります。

因果関係が崩れないこと

漫画では、人物が展開の都合で動かされることを強く嫌っています。

ノンフィクションでは、結果を単純な成功談や精神論で説明せず、構造、環境、制約、判断の積み重ねとして説明する本を好んでいます。

いずれも、結果に至る因果関係の整合性を重視しています。

個人と構造の相互作用

漫画では、才能、環境、制度、関係性の中で人物がどう動くかに関心があります。

本では、組織、市場、歴史、認知バイアスの中で人間がどう判断するかに関心があります。

個人の意思だけでも、社会構造だけでも説明せず、両者の相互作用を見る傾向です。

安易な教訓を嫌う

漫画では「いい話にしよう感」や、感動のための人物操作を嫌います。

本でも、一般的な自己啓発や成功法則より、不確実性、失敗、認知の限界を扱う本を評価しています。

「こうすれば成功する」という安心できる答えより、人間や世界は思っているほど単純ではないという説明を好みます。

娯楽性も必要である

思想が深ければ何でもよいわけではありません。

漫画ではエンターテインメント性を重視し、本でも『ザ・ゴール』『営業の魔法』『渋谷で働く社長の告白』のように、読み物として進む作品を高く評価しています。

難解さそのものに価値を置いているわけではありません。

11.この読書傾向の強みと注意点

強みは、異なる分野の知識を共通構造として接続しやすいことです。

経営、心理、歴史、芸術を別々の知識として保持するのではなく、制約、認知、物語、インセンティブ、環境適応などの共通概念で統合できます。

経営やサービス設計においては、非常に有効な読み方です。

一方で、注意点もあります。

説明力の高い本は、現実を実際以上に整然と見せることがあります。

少数の概念で多くを説明できるモデルは魅力的ですが、説明範囲が広いほど、反証しにくくなったり、都合のよい事例だけを取り込んだりする危険も増えます。

あなたは「強い中心概念」を持つ本を好むため、概念の鮮やかさを、実証的な正しさと混同しないことが重要になります。

ただし、『ブラック・スワン』『ファスト&スロー』『ファクトフルネス』『失敗の本質』なども評価していることから、単純に理論を信じたいのではなく、理論によって自分の認識を疑いたい傾向もあります。

したがって、あなたは大きな理論に無警戒なのではなく、批判に耐え得る、あるいは批判の材料になるほど強い理論を好むと表現する方が正確です。

総合評価

あなたの読書傾向を一言で表すなら、**「構造抽出型・モデル転用型」**です。

情報を収集するためというより、現実を理解し、判断し、行動するためのモデルを獲得する目的で本を読んでいます。

そのモデルには、次のものを求めています。

複雑な現象を圧縮して説明できること。

因果関係が具体的であること。

別の領域にも転用できること。

人間の非合理性や失敗を無視しないこと。

実務または人生観に接続できること。

読み物としての推進力があること。

したがって、最も相性がよい本は、単なる専門書でも自己啓発書でもありません。

強い仮説を提示し、事例によってそれを展開し、読後に世界の見え方と行動の両方を変える本です。

漫画では「人物と物語の内的整合性」を重視し、ノンフィクションでは「概念と現実の因果的整合性」を重視している。

対象は違いますが、評価軸の根本はほぼ同じだと考えます。

備忘録:好きな漫画

完全な形ではないけど漫画も読書記録を取っているので、それやkindleの履歴を眺めながら挙げた感じ。
まぁ今後も漫画は読み続けるだろうし久しぶりに読み返したら印象が変わったりでリスト内の増減はあるだろうけどとりあえずはこんなところで。

おまけとして、ChatGPT君に上記のリストを渡して分析してもらったのが以下。

全体像

かなりジャンル横断的ですが、好みの中心は明確です。

一言でまとめると、**「矛盾を抱えた人物が、厳しい現実やルールの中で選択し、その結果として関係性や自己認識が変化していく作品」**を強く好まれているように見えます。

単にストーリーが面白い、キャラクターが魅力的、絵が上手いというだけではなく、次の四つが重なった作品ほど最上位に入りやすいです。

人物の内面に解像度があること。

努力・能力・選択に具体的な因果関係があること。

人間関係が理想化されず、痛みや不一致を含んでいること。

作者独自の人間観や倫理観が、物語全体を貫いていること。

1.最も強い傾向は「人物の矛盾」への関心です

『来世ではちゃんとします』『違国日記』『青野くんに触りたいから死にたい』『凪のお暇』『BEASTARS』『東京喰種』などを見ると、単純に善良な人物や好感の持てる人物よりも、自分でも自分を理解できていない人物に惹かれていると考えられます。

登場人物が間違った欲望を持っていたり、自分を守るために嘘をついたり、相手を愛しながら傷つけたりすることを許容できる好みです。

むしろ、そのような矛盾がない人物には薄さを感じやすい可能性があります。

ただし、破綻した人物なら何でもよいわけではありません。

その人物がなぜそうなったのかという心理的・社会的な連続性が必要です。

『来世ではちゃんとします』が最上位にあることは象徴的です。

表面的には性や恋愛を扱うコメディですが、実際には承認欲求、回避、依存、自己否定、他者への期待などがかなり精密に配置されています。

同様に『違国日記』や『青野くん』も、人間の感情を美しく整理せず、理解不能な部分を理解不能なまま扱っています。

この「人間を簡単に説明しない姿勢」が重要なのだと思います。

2.努力や才能を「具体的な過程」として描く作品を好んでいます

『SLAM DUNK』『H2』『capeta』『メダリスト』『ブルーピリオド』『僕のヒーローアカデミア』が最上位に並んでいます。

次点にも『ハイキュー!!』『ヒカルの碁』『龍と苺』『BLUE GIANT』『ファンタジスタ』『あおい坂高校野球部』『べしゃり暮らし』があります。

したがって、単純にスポーツ漫画が好きというより、技能が形成される過程を見ることが好きなのだと考えられます。

特に好まれているのは、次のような描写です。

才能が万能ではないこと。

努力量だけでも解決しないこと。

本人の認知や身体感覚が変化すること。

指導者やライバルとの関係が成長に影響すること。

結果が努力に比例するとは限らないこと。

『capeta』や『メダリスト』では、才能、環境、資金、身体、指導者、競技人生の時間制限が複雑に絡みます。

『ブルーピリオド』では、努力の方法そのものを学び直す過程が描かれます。

『SLAM DUNK』では、成長が人格的な改心だけではなく、視野、技術、役割理解として表現されます。

つまり、精神論的な「頑張ったから勝った」よりも、頑張るとは具体的に何を変えることなのかが描かれている作品を評価しやすいのでしょう。

3.知略やルールのある作品も好きですが、それだけでは最上位になりません

『HUNTER×HUNTER』『亜人』『ONE OUTS』『ハチワンダイバー』『ヒカルの碁』『龍と苺』などから、ルールの理解、情報差、駆け引き、戦術的判断を楽しむ傾向も明確です。

ただし、「頭脳戦が好き」とだけ整理するのは不正確です。

頭脳戦がある作品の多くは「わりとすき」に入っており、『HUNTER×HUNTER』だけが最上位に突出しています。

これは、知略そのものよりも、知略が人物の価値観や生存戦略と結びついていることを重視しているからだと思われます。

『HUNTER×HUNTER』では、能力や作戦が単なるパズルではありません。

念能力には人物の性格、執着、リスク許容度、自己認識が反映されています。

また、勝敗が単純な強さではなく、情報、準備、心理、相性、目的の違いによって決まります。

つまり、ルールの精密さを楽しみながら、そのルールを通して人間が露出する作品が好みです。

純粋なゲーム的快楽だけでは、面白くは感じても「衝撃を受けた」領域には届きにくいのでしょう。

4.暗い作品では「残酷さ」よりも「不可逆性」を重視しています

『狂四郎2030』『最終兵器彼女』『進撃の巨人』『鋼の錬金術師』が最上位にあり、『宝石の国』『シグルイ』『HELLSING』『闇金ウシジマくん』『寄生獣』『東京喰種』なども好まれています。

このため、一見すると残酷な作品や鬱作品が好きとも見えます。

しかし、『サチ録』『H2』『高校生家族』『からかい上手の高木さん』なども入っているため、暗さ自体が目的ではありません。

重要なのは、行動の結果がなかったことにならないことです。

人が死ぬ。

身体が変わる。

関係が壊れる。

思想が変質する。

選択によって別の可能性が失われる。

こうした不可逆性が物語に重みを与えています。

逆に、重大な出来事が起きても次の展開で簡単にリセットされる作品や、犠牲を演出として消費する作品には、冷めやすい可能性があります。

『最終兵器彼女』や『進撃の巨人』は、世界の残酷さ以上に、状況が進行するほど選択肢が失われていく物語です。

『狂四郎2030』も極端な世界設定を用いながら、人間の尊厳、性、愛、国家、洗脳といった問題を逃げずに扱っています。

残酷な描写に惹かれているというより、都合よく救済しない誠実さを評価していると見る方が適切です。

5.人間関係については「理想的な相互理解」をあまり求めていません

恋愛や家族関係を扱う作品も多いですが、王道的な恋愛成就だけを目的とした作品は中心ではありません。

『H2』『来世ではちゃんとします』『違国日記』『青野くん』『のだめカンタービレ』『凪のお暇』『かぐや様は告らせたい』などでは、人物同士が完全には分かり合えません。

好意があっても、タイミングや価値観や自己防衛によって関係が歪みます。

それでも関係を続けたり、離れたり、別の距離を探したりします。

ここからは、**「分かり合うこと」よりも、「分かり合えない相手とどう関係するか」**に関心があると推測できます。

『違国日記』が最上位であることは、その傾向を強く示しています。

この作品では、他者を完全に理解することを善としていません。

理解できないまま、相手を相手として扱うことが重視されています。

『青野くん』も愛情を美しい感情としてだけではなく、欲望、恐怖、依存、暴力性を含むものとして描きます。

したがって、安心感のある関係より、関係によって人物の隠れていた部分が引きずり出される作品を好む傾向があります。

6.ギャグ作品にも独特の条件があります

『サチ録』『高校生家族』『いでじゅう』『剥き出しの白鳥』『放課後ひみつクラブ』『位置原光Z作品』などを見ると、笑いの好みも比較的一貫しています。

大声や勢いだけで押すギャグより、異常な状況を登場人物が妙に平然と受け入れているタイプの笑いを好んでいるように見えます。

論理が少しずれている。

人物が真剣であるほどおかしい。

異常な設定に対して会話だけは淡々としている。

くだらない題材を過剰に精密に扱う。

『サチ録』が最上位に入っているのは、ギャグだけでなく、倫理や人間理解を奇妙な角度から扱っているためでしょう。

単なる脱力系でもなく、単なる不条理でもなく、笑いながら人物や社会の前提をずらす作品に強く反応していると考えられます。

7.「作者の思想が見える作品」を高く評価しています

最上位作品には、作者の世界観や人間観が強く出ています。

『HUNTER×HUNTER』には、人間の欲望や合理性に対する独特の観察があります。

『進撃の巨人』には、自由、暴力、歴史、集団心理に対する執拗な問いがあります。

『鋼の錬金術師』には、生命、責任、国家、等価交換に対する倫理があります。

『違国日記』には、他者を理解しきれないことへの慎重な姿勢があります。

『ブルーピリオド』には、才能や努力を外側から評価することへの疑いがあります。

『僕のヒーローアカデミア』には、英雄とは能力の高い人間なのか、救おうとする人間なのかという問いがあります。

ただし、思想を台詞で説明する作品が好きなのではありません。

思想が設定、人物、行動、結果として実装されている作品を好んでいます。

作者が言いたいことを登場人物に演説させるだけでは、おそらく評価は上がりにくいです。

8.最上位と「わりとすき」を分けているもの

「わりとすき」にも非常に完成度の高い作品が多数あります。

そのため、作品の客観的な完成度だけで分類しているわけではありません。

最上位に入りやすい作品は、次の条件を三つ以上同時に満たしています。

人物の心理に強く自己投影または共感できる。

努力や選択の過程に納得感がある。

人間関係が予測不能な形で変化する。

作品独自の倫理的な問いがある。

展開に不可逆的な重さがある。

読後に価値観やものの見方が多少変化する。

たとえば『メダリスト』は競技成長だけでなく、指導者と選手、才能と環境、年齢制限、自己評価などが同時に動きます。

『H2』は野球漫画であると同時に、言葉にしない感情と選択されなかった人生の物語です。

『サチ録』はギャグでありながら、人間の善悪を外部の存在が観察する構造を持っています。

つまり、最上位作品は一つのジャンル的欲求を満たすだけではなく、複数の関心領域を一つの作品内で統合しているのだと思います。

9.あまり中心ではなさそうなもの

これは嫌いな作品の情報がないため、あくまで仮説です。

純粋な俺TUEEE型の願望充足作品は、優先順位が低そうです。

主人公がほぼ無条件に肯定され、能力や成功に代償が伴わない物語とは相性が悪い可能性があります。

また、雰囲気だけの癒やし系作品や、重大な葛藤がほとんど発生しない日常作品も、楽しめても最上位には入りにくそうです。

一方で、暗く難解であれば評価するわけでもありません。

人物の行動原理が不明瞭なまま、象徴性や残酷さだけが前面に出る作品には、むしろ作為を感じる可能性があります。

感動作品についても、悲劇的な設定だけで涙を誘うものより、人物の選択を積み重ねた結果として感情が生じる作品を好むはずです。

総合すると

あなたの漫画の好みは、一般的な分類でいう「少年漫画好き」「人間ドラマ好き」「鬱漫画好き」「頭脳戦好き」のいずれか一つでは説明できません。

最も近い表現は、次のようになります。

人間の矛盾を細かく観察し、能力・努力・環境・関係性の因果を丁寧に積み上げ、安易な正解や救済を提示しない作品を好む。

さらに、その重い主題を、エンターテインメントとして読ませる技術も重視しています。

主題が深くても退屈な作品では足りず、面白くても人間が薄い作品でも足りません。

思想性と娯楽性の両方が高い作品が、最も強く刺さるタイプだと考えます。

「初期衝動」を愛している。

「原口くんは、初期の作品が好きなこと多いよね。」と言われてはっとしたことがある。

これは要するに音楽アーティストの1stとか2ndとかの作品を指した言葉なんだけれども、言われてみれば、例外はいくらでもあるけれども確かにその傾向が強い。
大森靖子とか椎名林檎とかエレファントカシマシとか。

3rdや4thとかの作品になってくると、「工夫」が加えられていくことが多いんですよね。
まぁそれは当然で仮にアルバムが1枚10曲だとしたら2枚で20曲もあるんだから、それで作り手側の初期衝動なんてたいてい消化されてしまう。
もちろん、人が生きていたら色々なことが起こってそれは衝動になりうるわけだけれども、やっぱりそこまでの人生で溜め込んだ鬱屈したものと比べるとエネルギーが弱い。

これを書きながら思ったけれども、初期の作品が好きかそれ以降の作品が好きかは、そのアーティストの好きになり方によるんだろうな、と思った。
つまり、自分の魂をぶつけてくるようなアーティストだとそうなんだろうな、と。
この件において大森靖子やエレファントカシマシは非常に分かりやすい例だと思っていて、初期においてはとんでもなく剥き出しの音楽をやっていたけれども、今やだいぶポップに寄ってきている。

まぁそれが悪いってわけじゃないし、ポップなエレカシが嫌いなわけではないんだけれども、やっぱり初期衝動から産み出される制作物が僕は好きなんだなと改めて思う。
混じりっけのない、本当に伝えたいこと、伝えなきゃいけないこと、そういうエネルギーがそこにあるから。
最近は、自爆というアーティストの1stアルバムが好きです。

僕もだいぶ年齢を重ねていわゆる大人にはなってきたけれども、とはいえまだ初期衝動が自分の中に残っている感覚はある。
人生ずっと、突っ走っていきたい。

思い立ったのです。

文章を書くぞ!
というわけでね。

特にゴールを定めるでもなくなんとなく筆を持ちたくなったのです。
藤原麻里菜さんとこまつざきあみさんの文章がすきだ、とつぶやいたらなんとなく僕も書きたくなったのです。

僕が好きになる文章ってどんなものなんだろうね。
書かれている中身も大事なんだろうけれども、それよりもその人がそのまま剥き出されているか、っていうのも重要なんだと思う。

取り繕った、誰かのための文章というわけではなく、ひょっとしたら自分のためですらない、ただ溢れてきたもの。
そういう文章が僕は好きなんだと思う。

世の中の文章は、メリットのために書かれたものが多い。
広告文は言わずもがな、職務経歴書では自分がいかに有能かをアピールし、Xでは自分がいかに興味深い知識や観点を持っているかを振りかざし。

そして文章を書くハードルは年々上がっている。
厳密に言えば、画像や動画なんかの文章以外の表現方法が主役になることが増えて、文章を書く必要性が薄れている。

それでも僕は文章を書くことが好き。
厳密に言えば、ただなんとなくでキーボードに向かって、自分の中から溢れてくる文章を眺めるのがすき。
その作業を通じて自分の中の知らない言葉や感情に出会えるのがすき。

「すき」って単語もすき。
「好き」よりも「すき」の方がすき。

“書く”ということ。

僕は文章を書くことが好きです。

書く目的としては、必要なことを伝えるためだったり、思考を整理するためのものだったり、何かを振り返るためだったりするけれど、”書く”という行為そのものにデトックス効果を感じている。

高校生の頃。
当時よくあった、ガラケーでのバンドHPを作り、そこで「メンバーの日記」という形で毎日を記録するようになったことをきっかけに、受験生になってからも毎日毎日記録を書いていた。
ただ、その時の毎日は”勉強をした”という判を押されただけのものだったので、そこから日々の描写ではなく、自分の考えだったり思ったことだったりを書くようになっていった。
この頃の文章を載せていたサイトが閉鎖しちゃってもう見られないんだけれども、ちゃんとエクスポートして保存しておけばよかったなというのはそこそこ後悔している。

大学に入り、mixiなんかを経て自分のブログを持つようになって。
そこではToDoを公開するという試みをしていたので毎日更新を続けていて、文章を書くということが完全に習慣になっていって。
社会人になってからも頻度は落ちたけれどもブログは書き続けていた。

そして自身の会社を経営してからは「起業のリアル」という形でやるべきタスクとして更新を続けていた。
このおかげで採用できたり資金調達できたりできたという自覚があるので、この習慣を持ち続けてくれた自分への感謝もある。
丸二年ほど、本当に毎日書き続けていたことによって芽生えた自信もある。

それ以降も文章はわりと書き続けていて、オンラインで公開していないもの以外でもメモを10枚/日書くという習慣はもう20年弱くらいは続いているし、日・週・月の振り返りを書き起こすという行為ももう数年以上ずっと続けている。
もちろんそれをする目的はあるのだけれども、単純に僕は”書く”が好きなんだと思う。
いや、正確には書くというよりも自分の思考に形を与えて、そことの対話をすることに喜びを感じているのかもしれない。
書くことも好きだけれども、誰かと話すことも好きなのでね。

自分の書く文章としては、社会人に成りたてくらいのものが一番好きだった。
余白が多くて。
今の自分が書く文章や思考は、それぞれが役目を与え過ぎられている。
もっと自由に、自分の心の動きを絞り出したい。

まぁでも無理に変えなくてもいいかと思ってもいる。
ただ、もう少しここで文章を書く頻度は上げてもいいかもな。